2004N76句(前日までの二句を含む)

July 0672004

 ずつてくる甍の地獄蜀葵

                           竹中 宏

語は「蜀葵(たちあおい・立葵)」で夏。ふつう「葵」と言うと、この立葵を指すことが多い。茎が真っすぐに伸びるのが特長で、そういうことからか、「野心」「大望」などの花言葉もある。「甍(いらか)」は瓦葺きの屋根のこと。♪甍の波と雲の波……の、あれです。句の表面的な情景としては、瓦屋根の住宅の庭に「蜀葵」が何本か、すくすくと成長して例年のように花を咲かせているに過ぎない。たいがいの人は、この季節の風物詩として観賞し微笑を浮かべるだけだが、作者はちょっと違う。無邪気に天に向かって背を伸ばしている蜀葵の身に、何か不吉な予感を抱いてしまったのだ。この天真爛漫さは危ない、と。しっかりと頭上を見てみよ。何が見えるか。そうだ、甍だ。気がついていないだろうが、あの甍は時々刻々わずかながらも少しずつ「ずつて」きている。このままいくと、やがては甍が頭上から一気にずり落ちてくるんだ。君らの上にあるのは「甍の地獄」なのだぞ。とまあ、簡単に言えばそういうことで、むろん作者は甍の落下が現実化するなどとは思ってもいないのだけれど、あまりに無防備な蜀葵の姿に接して、逆に不安を感じてしまったというところか。黒いユーモアの句であるが、事象の表面だけからではとらえられない現代の様相の怖さを示唆した句でもある。そしてこの句はまた、木を見て森を見ない態の句が氾濫する俳句界への批評と受け取ることもできるだろう。『アナモルフォーズ』(2003)所収。(清水哲男)




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